菓子舗から、うどん、
そして蕎麦へ。
岡山・内山下で受け継ぐ、
真金堂の歩み。
真金堂は昭和3年(1928年)、
岡山・内山下で菓子舗として創業しました。
商うものを変えながら、
三代にわたり暖簾をつなぎ、現在の蕎麦処へ。
ここでは、真金堂という名に残る縁と、
約100年の歩みをご紹介します。
OUR STORY
すべての始まりは、菓子づくりでした。
真金堂は1928年、菓子舗として商いを始めました。
創業から40年間は菓子を中心に営み、戦後には菓子工場を持ち、多くの人が働いていた時代もありました。
天満屋への卸や、駅売店への自転車での納品。
現在の蕎麦処からは想像しにくい、菓子の製造・販売を広く行っていた真金堂の姿がありました。
犬養木堂が名を授けた、真金堂。
「真金堂」という店名は、岡山出身の政治家・犬養木堂(犬養毅)によって名付けられました。
店内には、木堂による「真金堂」の書が今も残されています。
店名とともに一枚の書が受け継がれてきたことも、真金堂の歴史を伝える大切な一部です。


銕心(てっしん)。
鍛えながら、本物になっていく。
店内には、漢学者・書家の長尾雨山による「銕心」の書も残されています。
「銕」は「鉄」の異体字。
後年に残された解説資料では、真金堂の名と心の鍛錬を重ねながら、最後に「鋳して百錬の心を成せ」と結ばれています。
家族の記憶に残る初代も、寡黙で学ぶことを好み、鉄のように意志の強い人物でした。
「真金堂」という名、「銕心」の書、そして商うものが変わっても続いてきた美味しいものをつくることへのこだわり。
それらは、真金堂が受け継いできたものを考える手掛かりになっています。
真金堂の歩みHISTORY
1928年(昭和3年)初代
菓子舗として創業岡山・内山下で真金堂の商いが始まる。創業から40年間は菓子を中心に商う。
戦後 初代
菓子づくりと製造・卸菓子工場を持ち、多くの従業員が働く。天満屋への卸や駅売店への自転車納品も行っていた。
2代目
うどんと蕎麦へ2代目へ暖簾をつなぎ、菓子中心の商いから食事の店へと形を変えていく。
現在 3代目
蕎麦処 真金堂蕎麦を中心とする現在の真金堂へ。三代で受け継いだ暖簾を今につなぐ。
まもなく、百年。
そして、その先へ。
2028年、真金堂は創業100周年を迎えます。
一つの形を守り続けた100年ではなく、菓子舗から、うどん、そして蕎麦へ。
時代に合わせて姿を変えながら、岡山・内山下で商いを続けてきた100年です。
残された写真や書、家族の記憶をたどりながら、これまでの歩みをもう一度知ること。
そして、これからの真金堂へつないでいくこと。
美味しいものをつくることを、これからもこの町で、皆さまのそばに。